技術の進歩と時代の流れに孤立

「30年前、クレジットカードは世の中を破滅に追い込む危険があるので、絶対に持たない!」と言っていた先輩がいた。しかし、30年経った今でもそのような現象が起こっている実感はない。当時この先輩の考え方を理解することはできなかったが、非常に大きな抵抗感あるのだろうと思ったことを覚えている。

私は今、ネット関連の仕事をしていて、これに似た抵抗感と闘いながら仕事をしている。しかし周囲の人は抵抗がなさそうなので、孤立感を抱いているのだ。

孤立感について歴史的に思い返すと、江戸幕府の鎖国が思いつく。

江戸幕府が、キリスト教国(スペインとポルトガル)の人の来航、及び日本人の東南アジア方面への出入国を禁止し、貿易を管理・統制・制限した鎖国(さこく)政策だ。

そこから生まれたのは、孤立状態であった。

もう一つの例は、電気や車の利用を拒んだアーミッシュだ。アーミッシュ(Amish、Amische)は、アメリカに住むドイツ系移民の宗教集団であるが、移民当時の生活様式を保持し、農耕や牧畜によって自給自足生活をしている。

そこから生まれたのは、やはり、現実社会からの孤立状態であろう。

私の感じる孤立を産み出す抵抗の根源について書く。今やグーグルの独占的支配となった、インターネット・ウェブサイトのインデックス・サービス。「ビッグデータ」と称して人々の思考と行動パターンをすべて記録し、そのデータを活用してネット社会と人々を支配しビジネスをしている。

人々にとっては、「探す手間」、「調べる手間」、「考える手間」、「覚えておく手間」が無くなるか、あるいは軽減される。この上もなく便利なことである。

私の周囲の人は、「テクノロジーの進化」とか、「すごい時代になった」と感嘆している人ばかり。しかし、私にとっては、言葉に上手く表せていないが大きな孤立感を覚える事態を巻き起こしている。

グールグルをはじめとするGAFAと呼ばれるネット企業は、無料で、しかも今すぐ、使わせてあげるから、この契約書にサインをしてください。という形態で契約を迫ってくる。感覚的には「さあ!今すぐ使いたいだろ。詳しく読んでる時間はない、サインしてしまえばいい」という感じだ。

これは、まさに現代の悪魔との契約なのだろうと感じ、抵抗を覚えているのだ。無料ソフトの提供事業者が悪魔で、利用者がイエスの関係だ。※私は無宗教

IT業界に身を置きながらも、インストールしたらボタンタップでコンタクトを全部抜き出してサーバに送り、既存データとマッチングするプログラムを書いたりすると、本当にこんな世の中にしてしまって良いものだろうか?という疑問を抱く。この疑問に対する納得のいく解が見つからず、抵抗感となっている。

具体的には、Googleが唯一の神であり、誰がいつ、何処で、何を考え、何をして、何を買う・するのか?を支配される世のことだ。個人のスマホ画面に何を映しだすか?をGoogleがアルゴリズムと称して決定し、リストの順位、大きさ、文言を操作することで支配・管理しているのだ。

こんな世の中を子供たちに引き継がせて、果たして・・・

  • 選挙という方法が成り立つのだろうか?(情報操作、広告の偏り)
  • 商品のバリエーションの減少は抑えることができるか?(売れな商品は作る必要がなくなるので多数派の意見のものが生き残る)
  • 職業選択の自由は保てるか?(商品・サービスの多様性がなくなることで職種の減少が起きる)

などが心配だ。上記はこれまでも新発明されるたびに、淘汰されてきたことだが、今回違うのは、世界で数社というごく一部の企業によって支配されることだ。こういう疑問や想いを、日々のもやもや感を文字にすることで自分のストレスが減ることを願っている。ただそれだけのブログだ。

さて、これは初めての投稿なので、このブログを書くにあたって、下記の点に注意することを決意し始めることにする。
・人に読んでもらおう、もらえるとは思わないこと。
・読まれるとまずいかぁと、通常は口に出さないことでも書く
・ストレスのレベルが下がればブログの効果があったと評価する
・万が一、この記事を読んだ人がいて、反対意見を書き込んでくださっても、(読んで、よく考えるが)返事はしない。ストレスが上がる可能性があるからだ。

以上